なめてた、みくびっていた、かろんじていた。
利き手でなくてよかった。。と思った私は、バカだった。
左手が、どうにも痛くて。使えなかった、2日間。
ほんとうに、どうしようもなく、とてつもなく、不便だった。。
右手を使うことには、たいてい左手も必要。。。なんて考えてもみなかった。
たとえば、食器を洗うとき。左手がないと固定できない、右手のスポンジは表面をなでるだけで精一杯。
たとえば、洗濯物を干すとき。右手だけで洗濯物をさばいて干す、、なんて、無理。
たとえば、服を着るとき。たとえば、字を書くとき。たとえば、ご飯をたべるとき。たとえば、、、
ひっそりと。右手(利き手)に寄り添い、盛り立てるのが、左手。
押さえたり、ひっぱったり、固定したり、、、左手のサポートがなくなると。
右手は、いつもの百倍、不器用になる。
ちょっとした痛みは残っている。まだ、いつも通りではないけれども。
左手が動いてくれるのは、こんなにも、ありがたい。
なくなってはじめてわかる、、、というけれど。なくしたわけではなくてよかった、、左手。ありがとう、左手。やったね、左手。いつまでも、左手。
動き始めた左手に、脳内大暴走、左手賛歌。。
なんて。のど元過ぎるは、いつも一瞬。
すでに当たり前に働いているのは、まだ痛みを抱えた、左手。。。