電車のなかで、アリス

電車の中で、すこしばかリの休息を。画面を見るより、紙を見るより、電車の中では眼を閉じて頭を休めたいのに。。ちょっとしたことで、かなわない。

例えば、電車の中の二人連れ。残された人が、一人になった瞬間に。

”する” と顔にのせていた表情が消え、ほんの一滴のぞく素顔、を覗き見る。

その日は、60代くらいのおじさんが二人で楽し気に話していた。この年代のおじさんはあんまり電車で”談笑”をしない(私調べ)。どうみてもお仕事モードの張り付いた笑顔で話をしているか、アルコール入り赤ら顔で嫌に陽気にがなっているか。ともかく、電車の中という状況にちょうどいい感じで、さらに楽し気に話をしているおじさんというのは、いない(私調べ)。何を話しているのかまではもちろんわからないけれども、ほっこりと眺めているにはちょうどいい車内の風景。私調べ、更新しとかないとなと、心にめもめも。

いくつめかの駅で、軽く別れを告げておじさんの一人が電車を降りていく。残されたおじさんは、降りた相方から目線をはずす。それでもまだ、口元には笑みを残して。とても穏やかな、でもちょっといいもの見ちゃったな、みたいな表情でゆったりと座っている。

すん となるタイミングはどこだ? こそりと眼を凝らす。

そして、ほんの少し長めの停車時間が終わり、扉が閉まる寸前に。おじさんは唐突に立ち上がり、迷いなく電車を降りた。

チェシャ猫のように、笑みだけを残して。

ついさっき相方がのぼって行った階段に、追いかけるでもいそぐでもなく、消えていくおじさんの後姿は、動き出した電車の窓からすぐに見えなくなった。

頭の中では。

あふれ出した不思議からアリスがすべりきて、ステップを踏み始める。おじさま方の、ものがたりの糸の端を捕まえようと、くるくるくるくる、ステップを踏む。

ま、結局のところ。

糸に絡まったトランプたちが、アリスの邪魔をするもんで。糸はどこかへ流れていき、アリスもそれを追いかけて行ってしまうのですけれども。

ほっこりチェシャ猫を見つけられた、そんな日もある。

だから、電車では、眼をひらく。